しばいヌの地下吠え(狩)

思い付きを一方的に吐き出しているブログです☆ひととなり詳細については『備忘録カテゴリ』をご参照ください。

「叶えられた願い」(再録)

早くに父が亡くなってから、女手ひとつで私と弟を育て上げてくれた母が、倒れた。

過労と、末期の病で、延命はいくばくかできても、かつてのような元気を取り戻すことは無いと、無情にも告げられた。


母に少しでも楽をしてもらいたくて、私は高校卒業と同時に会社員勤めを始める。

続いて弟も、アルバイトをしながら大学に通い、先日念願の仕事へ就職が決まったばかりだった。

 

ようやくこれから、母に恩返しができると思ったのに。


それを目標に、私も弟もがむしゃらにやってここまで来たといってもいいくらいに。


少なくとも私にとっては、その思いが支えとなっていた。


時折くる激しい痛みに顔をゆがめながらも、母は気丈でいた。

「あなたたちが、ここまで立派に育ったくれた。それだけで十分、私やお父さんへの恩返しになるのよ」


そして、最後には決まって、笑顔でこう言うのだ。


「親より先に子供が死ぬなんて、親にとっては一番の不幸なんだから」

 

父も過労で倒れたという。

私も弟も、実は産後の経過が思わしくなく、また、幼いながらに重い病を患って生死の境を何度も彷徨ったらしい。


しかし、奇跡的に、今では後遺障害に苦しむことも無く、元気にここまで生きている。


「お父さんと、たくさん神様にお願いしたのよ。その願いがかなったのね」

お礼参りにたくさん行かなくちゃ、たいへんだわ。

なんて、笑っていたふくよかな面立ちは、もうそこにはなくなっていた。


ほっそりを通り越しずいぶんとやつれた顔に、酸素マスクがぽこぽこと鳴り動く様子が、辛かった。

 

 

 

 


病室に入ってきた弟と、看病の交代に部屋を出て、何故か屋上に向かっていた。


昼間でさえ一度も足を運んだことの無い場所なのに、今日は不思議と、吸い寄せられていく。


途中すれ違った看護師さんに、間もなく閉めますからと言われたのを適当にかわす。

何故だかどうしても、行かなくてはならない衝動に駆られていて、上の空だったのだと思う。

 

 

神様に、お願いしなくちゃ。

 

そして、夕暮れの屋上に「それ」は居た。

 

「あなた、神様でしょ」

初対面でずいぶんぶしつけなことを言ったと思う、今思えば。

しかし、何故だか分からないけれど、確信があったのだ。

 


「それ」には、かすかに見覚えあった気がしたからだろう。

 


私の思いを見透かしたように、たたずむ人影はこう切り出した。


「ひとつだけ願いを、叶えられますよ」

 

「じゃあ、お願いがあるわ」


うろたえることなく、迷いも無く向かっていった。
まるで、この展開を知っていたかのように。


「母さんを、元気にして」


「それは、できない」


とりつくしまなく、一蹴された。


しかし、ひるまなかった。


「なんでも願い叶えてくれるわけじゃないの?」

「いいえ、基本的になんでもひとつだけ叶えられますが、その願いに関しては、承りかねます」

さらりと言い返された。


私はそいつの背中を恨めしげににらみつつ、しばらくの沈黙の後に、再びこう言った。


「じゃあ、父さんを助けてよ」

「助ける、とは?」


「過去に戻って、父さんを死なないようにするの。そうしたら、母さんが無理して私たちを育てて、病気で倒れたりすることは無いわ」

 


「ふぅむ・・・」


感心したのか考える風を見せたあと、しばらく黙り込んでから。

 

「無理ですね」


ばっさりと切り捨てられた。


「他には?」


「他に何も願いなんか無いわ!!それだったら、悪魔にでも頼んで私の魂と引き換えにしてもらうほうがぜんぜん救われるわ!!!!」


勢いよく啖呵を切って駆け出すと、階下へ続く扉のノブに手を掛ける。

 

開かない。


びくともしない。まるで、物理的ではない力が作用しているかのように・・・。

 

「私がその、悪魔ですけれども何か?」

振り返った黒いシルエットの顔であろう部分に、嘲笑が光っていた。

 


しかしそのときの私はよほど腹に据えかねていたのか、無謀だっただけなのか、怒れる感情のままに、なんと悪魔を自称する不審人物に食って掛かっていた。


「悪魔のくせに、なんにもできないじゃないのよ!!!!」


「それは心外ですね。仰った件以外の願いでしたらなんでも叶えられますのに」


「その二つ以外に、今叶えたい願いなんて無いわ!!!」

私の言い切りの見事さに圧倒されたのか呆れたのか。

「だって、その願いをどちらかでも叶えてしまうことは、契約違反になりますから」

 


そして、私が一番聞きたくなかったであろう事実を話し始めたのだった。

 

 

 

 

つまりは要約すると。

 


私と弟の窮地を救ったのは、両親が自らの命と引き換えに、悪魔に魂を売ったからなのだ。