しばイッヌの日々

いち平民のライフログです。ひととなり詳細については『自己確認』をご参照ください。

「喪失のあと」(移稿)

「記憶喪失には、主に二つの理由があるの。ひとつは、何らかの理由によって、記憶へとつながる糸が、断ち切られてしまっているもの。もうひとつは、記憶そのものが、なくなってしまっているもの


手繰る糸が残っていれば、修復は比較的容易いのだという。しかしながら。

完全に抜け落ちてしまった記憶のほころびは、その大きさに合わせて、新たに掛け接いでいくしか、手立てが無い。


「または、新しく編み上げていく、とか」

あむが、こよりの言葉に続いた。

「いずれにしても」

くくるが、二人に割って入る。

「彼がどのパターンなのか、確かめる必要があるわ」

そう言って、おおよそ少女の容姿にはそぐわない、古びた糸巻きをゆっくりと、そして高く掲げた。

彼女が瞳を閉じて何か少しつぶやくと、糸巻きは手の中でくるくると回り始めた。

それは、徐々に速度を増して、まるで小さな竜巻を起こしているかのようにも見えた。


だが、やがて糸巻きはただ、カラカラと空回るような音を立てるだけで、止まってしまった。



見守っていた二人の顔色が、不安に曇っていく。





「・・・ちょっと、手間がかかりそうね」

くくるも、ふぅ、とひとつため息をついた。




彼女の糸巻きに引き寄せられて絡めとられた糸は、わずかに二つだけだった。


「まぁ、無いよりはマシね」

こよりが苦笑した。


「あむにも、たくさん頑張ってもらわないといけないかもしれないわ。」

まだ心配そうに二人の顔を覗き込んでいる少女に、こよりが微笑みかけながら言った。