あの人は、そう、信じ続けていたけれど。
「今年も、蕾ごと落ちてしまいましたわ、ね」
まだ鮮やかに色づくそれを拾い上げて、短くため息をつく。
『彼らが咲くことを、諦めない限りそして、僕たちが、信じることを諦めない限り』
努力家の、彼らしい言葉だと。今更ながらに思う。
もう、ずいぶんと昔の話のはずなのに。
凍りついた灰色の大地には、未だに、息づく命を許さないでいるようだった。
『環境的には、何の問題もないはずなんだ』
打ち出される数値データの類を、穴の開くほど見直してみても。
種は芽吹かず、いつしか大地に消えて。
双葉は、そのままの形を残して枯れ。
蔓は、手持ち無沙汰にしばらく地を這うと、やがて。
錆びた針金のように、折れ落ちた。
それでも、諦めずに試行を重ねついに、蕾をつけるまでに至った。
しかし、未だに花は開いていない。
そんなことが、もう何年も、何十回も続いている。
『花にこだわるのは、何故ですか』
『咲いたら、綺麗だろう?』
『・・・それだけ、ですか?』
『うん』
『・・・・・・』
真意を測りかねたまま、それ以上の追求もせずに、そのときはそれで会話が途絶えてしまったが。
「灰色の大地に、色とりどりの花が咲き乱れる光景は確かに、綺麗かもしれないですね」
彼の跡を引き継ぐことに、抵抗がなかったわけではないが、不思議とここまで、続けている自分が居る。
規約違反となるのを承知で、彼のなきがらの一部をこっそりと持ち出し、この地に埋めた。
彼の遺言だったからだ。
『この星いっぱいに、いつか、花が咲くのを見届けたいんだ。一番近くで、ね』
勿論、簡素にこしらえた墓標の傍らにも、いくつもの種を植えていた。
残念ながら、今年もそのほとんどは枯れ朽ちて、時折吹く風に乾いた音を立てている。
唯一残った緑も、今朝、待ち焦がれていた蕾を、あっけなく地に落としてしまう。
だが。
瑞々しくやわらかなそれは、確かに。
「まもなくですよ、きっと」
この星の、新たな命の未来を予感させていた。
そしてそれは。
この星とひとつになりつつある、彼自身も、感じているに違いない。