「死ぬつもりなんて全然ないんだけどさ。ああ、死ぬのが怖いってのも無いぜ」
そう言って彼は、両腕を僕の前に晒し出した。
そこには無数の傷痕が刻まれていた。彼の抵抗の証しなのだろう。
つい最近つけたらしい生々しいものもあった。
所謂、リストカットと呼ばれているものだ。
しかし、彼の真っ直ぐな瞳には、何の陰りも迷いも無く、むしろ鋭く輝き放っていた。
「俺はこの辺だけだが、わざわざ顔に傷をつけるヤツもいるぜ?手首じゃ刺激も物足りないんだとさ」
引け腰の僕をニヤリと見下げ哂い、付け加えて言った。
「まぁ・・・こうすると、進めるんだよな、ぶっちゃけ。踏み出せる勇気が出る、と言うヤツかな。俺らにしたら、コレくらいの刺激が丁度いいんだ。何か勘違いして心配するヤツとかいるけどよ」
「それだけ酷く身体を傷つけているんだ。心配するのは当たり前だと思うよ」
「でもな」
彼は空(くう)を仰いだ。
「それじゃなきゃ、戦っていけねぇんだよ」
俺自身に。
きっと、そう続けたかったのだろう。
あえて言葉を飲み込んだ彼の視線は、やはり揺ぎ無い覚悟に満ちていた。
ただ、僕は。
見上げる一瞬の間に、遣る瀬無い思いと戸惑いを垣間見たような気がしたのだった。
隙を見せたくないが故の、精一杯の強がりと言えなくも無かった。
しかしそれが、彼の、彼らのやり方なのかも知れない。
果敢にも、支配者に立ち向かっているのだ。
―進化の連鎖を断たれるのを、奴らは最も恐れている。
強いものが生き残るという、当たり前の食物連鎖だが、その頂点が必ずしも次代へつながるという図式は、崩れようとしているのだ。
「人類は、ただ奴らに操られているわけでは有りません。確かな進化を遂げました。滅び行く道を選ぶことで、頂点から全てを崩壊させようとしたのです。」
―弱肉強食とは、単なる上書き保存ではない。
研究員の言葉が、いつまでも僕の耳に残っていた。