しばいヌの地下吠え(狩)

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追悼・先生へ

昨日放映された、ちょっとしたドキュメンタリー番組を拝見して。
同じく、若くして急逝した知人のことを思い出した。もう、十年以上も前の話だが。
共通の友人を介して、一度だけ面会を果たしたことがあるだけで、友人というほどの間柄ではなかったのだが、彼も生涯をたった一つの芸事に懸けて、しかし、決して華々しく世に出ることなく。

わずか20代そこそこで、重い病でこの世を去った。


驚いたのは。

生きた時代こそ違うが、彼らは同じ出生地で。

先天と後天の違いこそあれ、同じ臓器の病を患っていた。

ただ、知人は、当時長時間かかる人工透析治療のため、ほぼ病院から出ることが叶わなかったが。


彼が目指したのは、音楽家で。
元気な時は自宅で、振るわない時は病室で、その活動を続けていた。

憧れのアーティストのライブに、一度だけ足を運んだことがある。
その頃には、もはや自分の足で立ち上がることが難しくなっていて。
最初で最期の、夢のひとときとなってしまった。


そのアーティストも、彼がいなくなった数年後に、亡くなってしまう。

きっと天国で、にぎやかなセッションを、楽しく繰り広げていると、信じて止まない。

 

共通の友人は、一人で外出することが難しく、閉塞してしまう彼の気分転換になればと時折、ドライブに誘った。

だが、後悔もあるという。

ある時、彼がとうとう、自分の境遇と現状に自棄を起こしてしまった時に、心配のあまりに本気で、叱責してしまった事だった。

「まさか、そんなに早く・・・とは、思わなかったから」

もっと、色々楽しいことで満たしてあげたかった。甘やかせばよかった。
やりたいように、やらせてあげればよかった、と。

しかしながらそれは、私個人の意見だが。
彼のためにはならなかったと思うのだ。

全力で命を燃やし、生きている人には、こちらも、厳しくても本気で、本音で当たった方が、伝わると思うのだ。


今はなき彼に、その本意を聞くことはとうとう出来なかったが。

あなたの作り出した作品の数々は、たとえこのまま世に出ることはなくても、我々仲間たちの、宝物としてずっと、手元にあり続けるものだ。
あの頃と変わらない、研ぎ澄まされた感性の、輝きのままで。

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